いのちの思い出

背景画像は,鶴崎亜紀子様のコラージュ作品「波: Wave」です。



Movie: 灰路(haiji)様


12th harvest

物語に助けられる 〜時を巻き戻す魔法は使えないけれど〜

海岸沿いを歩いていたときのことです。

今,この目に映る波の形や色合い,それに耳に届く波や風の音には,もう二度と出会うことができないと感じたことがありました。

「そういえば,かつて過ごした街を訪れることはできても,あの時間に戻ることもできないなあ。」

そこで,―あの場所には戻れるけれど,あの時間には戻れない―そんな,郷愁や喪失の想いから始まる,少々センチメンタルなテーマで曲を作り始めました。

 

ところが,2019年のあの夏の日,多くの表現者を失った取り返しのつかない事件が起きました。

それから,「あの時間には戻れない」というテーマと重なる部分もあってか,どうにも詞が書けず,私には珍しい曲先となりました。

「あの時間には戻れない」に続いて,「だけど・・・」と括りたい言葉が,ぼんやりとすぐそばにあるのを感じながら,どうにも掴み切れないのです。

おそらくですが,当時,表面的に取り繕うような詞を作ることは,どこか命への冒涜にあたるかのように感じていたのかもしれません。

 

そんなもやもやした日々を過ごしていたときのことです。

偶然,児童文学作家村山早紀さんの作品群(「風早(かざはや)」という架空の街を舞台にした物語たち)に出会いました。

すると,作品を跨いで,「だけど・・・」に当たる文脈が幾つも目にとまり,そこからは,まるでパズルのピースがすうっーと収まるかのように詞を書き上げることができました。

この「いのちの思い出」という曲名も,「命は思い出になる」という一節(徳間文庫「花咲家の人々」294ページ 20121215日初版)に由来しています。

 

こうして,風早の街の物語たちに助けられ,ちょっと大人の童話のようなテイストで,何かを失って前に進むことを諦めかけている「きみ」と,その生きた証としてそっと主(ぬし)をそばで見守っている思い出「僕」の物語ができあがりました。

歌唱ほか制作全般をお任せしたruha様は,思い出を振り返りつつも,夏というワードからも感じられるような側面に光を当てて,瑞々しさを意識した優しくノスタルジックなイメージで仕上げてくださいました。

 

ところで,失ったものや過ぎ去ったものを想うとき,なにがしかの切なさを感じます。

二度と取り戻すことが叶わないもの,まったくの無に帰したものと考えてしまうからでしょうか。

でも,冒頭の波のお話でいえば,あの波の情景は確かに存在して私の中に溶け込んでは混じり合わさり,今も記憶の岸辺を漂っています。

甘い苦いはさておき,思い出がその人の生きた確かな証なのだとすれば,それは誰にも奪われずに在り続けるもの,たとえ否定的な内容であってもリスタートの足掛かりとなり得るもの,私はそう思いたいです。

 

最後に,このコラムの副タイトル「時を巻き戻す魔法は使えないけれど」は,風早の街の物語の中からお借りした一節です(ポプラ文庫ピュアフル「コンビニたそがれ堂 花時計」245ページ 2020年3月24日初版)。

そこでは,「けれど」に続いて,その代わりに人が使える魔法が一つ提示されているんですよ。

これもちょうど,「だけど」に逡巡して始まった曲の音源ができあがってきた頃の巡り合い。

一つの時が循環して閉じたような不思議なご縁を感じます。

 

あなたは,物語に助けられたことはありますか。

高校の化学の授業あたりで,水ほど様々なものを溶かし込む力を持つものはないと習った気がします。もしも記憶が人の中に溶け込んで残るものだとすれば,水辺でいろんなことを想起してしまうのも,あながち不思議ではなさそうです。私には,記憶の在りどころのイメージの一つとして,静かな湖面が思い浮かびます。

 

「逃げ水」とは,「夏,地面が熱せられ,草原や舗装道路の表面が水でぬれたように見える気象光学現象。近づくとそれが遠方に逃げて行ってしまうように見えるためこう呼ぶ。古く,歌などで武蔵野の名物とされた。地鏡じかがみ。」(コトバンク)です。いくら追いかけても追いつくことができないことは,どこか思い出の一面を垣間見るかのようです。

 

「太陽の汗,月の涙」について,ジャーナリストの伊藤千尋氏は,「かつて征服者たちが求めた黄金を,インカ帝国の人々は太陽の汗といい,銀を月の涙と呼んだ。富をもたらすのは大自然であり,それを社会に生かすのは人間の汗と涙であることを,古代の民は肝に銘じていた。」(すずさわ書店「増補版 ラテンアメリカから問う 太陽の汗,月の涙」105ページ 2000515日発刊)と解釈していらっしゃいます。私はそれに倣って,「人の営み」や「生きた証」の象徴と考えます。


illusionists

Vocals, Arranged, Mixed and Mastered: ruha

Piano and Arrangement: 麻也子(ピアノアレンジバージョン)

Masterd: Tomonobu Hara (Cafe au Label Studio)(ピアノアレンジバージョン)

Translation: picolisco

Special Thanks: 風早の街

 

 


CD Cover Design

CDカバー いのちの思い出
いのちの思い出


Lyrics

ねえ,きみは空っぽの器なの

何も残ってないと うつむくの

なくていいものは 消えてくの

朝が来るなら 灯りに用ないの

 

僕はきみの瞳が選んだ

あの景色だよ

僕はきみの耳が引き寄せた

あの旋律(しらべ)だよ

 

ねえ,どうしてどうして

忘れてしまったの

ああ,こうしてこうして

そばにいるのに

 

きみと過ごした夏の日を

宝物のように仕舞ってる

逃げ水の背中追いかける

きみの姿も まなざしも

Hello

 

僕はきみの指が楽しんだ

あの手触りだよ

僕はきみの足が確かめた

あの通り道だよ

 

ねえ,どうしてどうして

忘れてしまったの

ああ,こうしてこうして

そばにいるのに

 

太陽の汗,そして月の涙が

ほら,枯れることはない

奪われることはない

 

きみといたあの夏を

僕は忘れない

太陽の軒下で戯れたことを

 

ねえ,どうしてどうして

忘れてしまったの

さあ,思い出して

生きた証を

僕を

いのちの思い出を

Hey, are you an empty container?

Do you say, “There’s nothing left.” and look down?

Unnecessary things will gradually disappear

If the morning comes, then we don’t need a light

 

I’m the scenery that you chose with your eyes

I’m the melody that you brought in with your ears

 

 

 

Hey, why, why

Why did you forget?

Ah, like this, like this

I’m here near you

 

The summer day that I spent the time with you

I’m keeping it like a treasure

I chase the back of a water mirage

Also you and your glance

Hello

 

I’m the feeling that your fingers enjoyed

I’m the path that your feet made sure of

 

 

 

Hey, why, why

Why did you forget?

Ah, like this, like this

I’m here near you

 

The sweat of the sun and the tears of the moon

See, it will never dry out

It will never be taken away

That summer I spent the time with you

I will never forget

When we had fun under the eaves of the sunlight

 

Hey, why, why

Why did you forget?

So, please call back

The proof of life

Me

And the memory of life